クレジットカード犯罪にうごめく犯人像・来日外国人犯罪者

来日外国人犯罪者

来日外国人犯罪について、国際犯罪組織が日本へ浸透するおそれがあるほか、犯行を繰り返し敢行することを容易にする地下銀行、偽装結婚等の犯罪インフラ事犯は手口が巧妙化しつつあり、最近では新たな手口もみられるところです。

近年の外国人入国者数及び在留者数の増加を踏まえると、来日外国人犯罪対策は我が国の治安対策を考える上で重要な事項であり、引き続き注視していかなければなりません。

カード犯罪の質の変化

今日、クレジットカードの不正行為とか偽造と聞くと、一般的な小事件は別として、反射的にプロの外国人犯罪グループ、蛇頭に手引きされて密入国してきた中国人、暴力団組員、多重債務者などの犯人像と、これらをめぐって暗躍する紹介屋、整理屋、提携弁護士、情報屋などを連想するのではないでしょうか(2001年上半期中に摘発された紹介屋は57人、前年同期は11人)。

日本にクレジットカードが導入されてから約40年が経過したました。この期間を被害額を尺度として分けると、次の3つの期間に分類されるでしょう。

揺鑑期(1960~1980年)

カード会社の誕生、VISA、MasterCardなどの国際ブランドカードヘの加盟など、クレジットカードが社会に浸透し始めた時期。カード犯罪のタイプは単純で、犯人は、ごく一部の例外を除き、もっぱらプロの不良外国人で、被害はアクフイアラーにとどまり、散発的でした。

成長期(1981~ 90年代前半)

カードの国際化が進むとともに、さまざまな形で犯罪の種が蒔かれ、根付いた期間です。米国での盗難カード(NRI、郵送途中の抜き取り)をもって来日する、訓練を受けたナイジェリア人などによる買回り(1988年の警察白書が初めて、このケースを組織的詐欺事件と認定)や、中国からの密航が散発し始めました。被害額は1992年だけでなんと171億円に上りました。

成熟期(1990年代後半以降)

犯罪の広域化、組織化、分業化、巧妙化が進み、来日不良外国人の跳梁とともに、これに協力する日本人の動きが台頭し、活発化してきました。被害はイシュアーにも広がりだしたのもこの時期から。被害額は2000年中だけでも309億円に達していました。

以上の3つの期間を通してみると、2つの特徴が浮かんできます。その1つは、「外国人犯罪者に対する日本社会の甘さ」です。

私は現役時代、成田空港で強制送還されるナイジェリア人から直接、「日本はカード天国だ。日本人は親切。留置場はgood hotelだ。またすぐ出直してくるよ」という言葉を聞きました。

また、2002年春、私はインターポールの知人から、密航中国人犯罪者が「日本天壇、留置所快適、日本人親切」と言っていると聞いたこともあります。これは、この20年間、「日本社会の甘さ」が少しも変わらないことを物語っているのではないでしょうか。

2つ目の特徴は、カード犯罪者のプロフィールに「日本人の顔がクローズアップしてきたこと」である。これは、当然と言えば当然の話である。成熟期に入ると、外国人、日本人の犯行が入り乱れ、外国人犯罪者に手を貸す、いわゆる「金に転ぶ日本人」の姿が目立ってきた証拠です。不況、金銭万能の感覚がもたらす憂慮すべき現象でしょう。

来日外国人犯罪グループの犯行

パチンコカード、テレホンカードの偽・変造、裏ロム、ハーネス(パチンコの機械を磁石などを使って玉を出やすくするようにコントロールすること)から始まり、カードを狙うプロの集団スリ、カード・旅券・商品券・銀行券の偽造、ピッキング、自動車窃盗、地下銀行、盗品の闇処分、マネーロングリング等々、やりたい放題の暴れ方ですね。

一部の学者は、この現象を大型犯罪国(米国、中国、ロシア)による無免疫日本への侵攻と呼んでいます。

カード犯罪者のルーツ探し

私はかつて、香港ロイヤルポリスのベテラン刑事からいろいろな話を聞いてきました。以下は、これをもとに私なりに整理したストーリーです。(正確ではないかもしれませんが、かなり真実に近い話だと確信しています。)

1990年代初め、香港は中継貿易港として繁栄を謳歌していた半面、中国本土からの流民による犯罪の温床ともなり、特にカード犯罪は、手先の器用な彼らの格好のターゲットとなり、その被害はアメリカと首位を争うまでになりました。香港の中国本土復帰(1997年)を控えて、同地で暗躍していたカード犯罪グループは、疎開、逃走資金の調達を急ぎ、マレーシア、マカオ、タイ、ベトナム、フィリピン、日本、台湾、中南米、オーストラリア、アメリカ、ドイツ、フランス、カナダ等に散っていきました。

密航中国人の不良分子

密入国者、不法滞在者といっても、その大半は正業を求めてまじめに働いているのですが、彼らの営む共同社会からハミ出した不良グループ(流氓、在日福建省マフィアの三弟、西門幇、清竜会、香港マフィアの三合会、14K等)、並びに最初から日本で荒稼ぎを狙って密航してきたグループ(中国での犯罪者、脱獄者など)が極めて悪質で危険とされています。

蛇頭とは?

香港で育った犯罪グループは、出身地別に見ると、華僑の供給基地として名高い福建省系(直情的、荒っぽい)、と上海系(計画的、慎重)、並びに広東省系の元反共を旗印に組織された政治集団が犯罪グループ化したものの3つが知られ、一方組織別には、蛇頭、爆窃団、三合会、14K、新義安などのグループが知られています。

以下、日本でしばしば話題に上る蛇頭について考察してみましょう。

香港マフィア「蛇頭」のルーツ

イギリスが18世紀後半、マレーのペナン島開拓のため投入した中国人労働者(華工)や、明・清時代の福建省人のアメリカ出稼ぎ者にそのルーツを求める説がありますが、文化大革命(1966)時代に、香港に亡命した人を(国境地帯の洞窟に隠れたことにより)、「人蛇」と呼び、そのリーダーを(蛇頭)と称する説があります。このほか、どんな隙間からでも 越境することから、「人蛇(やんせ)」と呼ばれる人にルーツを求める説もあります。

「蛇頭」の組織

福建省、広東省、上海など出身地別に色分けされています。どのグループにもそれぞれ次のように担当者が配置されています。

  • 勧誘役(客引き)
  • 付き添い役(添乗員ともいうべきか)
  • 工頭(送り込み地での仕事の手配師)
  • 老板(同郷人の世話役、地下銀行を兼ねる)
  • 医師(金次第でどのような診断書も出す)

「蛇頭」の手口

小型老朽船やコンテナ船に密航者を詰め込む手口から、パスポート、日本語学校入学許可証、資格証明書、戸籍等を偽造して堂々と空港から送り込む手回、さらには中国残留孤児やホームンスとの偽装結婚等、広範かつ巧妙な手口が目立ちます。費用は1人当たり100万~400万円の成功報酬払いです。「不払いは死」の掟があるようです。

中国人密航者の日本への流入

警察白書によると1989年、中国人密航者数は3500人に急増したとされています(前年比16倍)。福建省からの出稼ぎ目的者が大半です。92年ごろから、それまで密航とは無縁とされていた農・漁民が混じりだしました。97年ごろから蛇頭手引きの密入国が本格化してきましたが、99年に入ると中国当局の取り締まり強化もあって、その動きはやや下火となったやに見えました。

しかし、2000年に入ると、船を使った密航の動きが再び活発化してきました。海上保安庁の調べによると、8~10月の3カ月間で142名の不法入国者が逮捕されました。とくに10月に発覚した千葉県九十九里浜町の密航事件は、中国人逮捕者が蛇頭4名、船員5名、密航者91名、日本人逮捕者が出迎え役10名と、その規模の大きさから注目されました。出迎え役は、密航者を沖合いで遊漁船に乗り換えさせ、最寄りの漁港まで運び(瀬取り)、上陸後、保冷車で内陸の隠れ家まで運ぶ予定であった模様です。

なお、海上保安庁は、99年に韓国と、2000年にロシアと、2001年に中国と、それぞれ密航取締り、情報交換、取締り連携強化を目的とする合意文書に調印しているます。

日本が狙われる理由とは?

彼らが日本を狙うのは、地理的事情は別として、次のような理由からだといわれています。

  • 両国間の所得格差
  • 日本側の就職機会の豊富さ(3K職場、研修名義での低賃金受け入れ)
  • 日本側の取締法の不備、取締当局の人手不足
  • 日本社会の外国人への甘さ
  • 日本人協力者の台頭

特に最後の「日本人協力者の台頭」は時代背景からみてもクレジットカード犯罪が増え始めた時期と一致します。

日本側の協力者の実態

西も東もわからない、言葉も通じない、無一文の密航者がどうやって日本の社会に住み着けるのでしょうか。その裏には、国会議員や警官が不法就労を陰で斡旋する動きも報じられています(読売新聞2001・8・22付、日経新聞2001・8・24付)。

不況の下、金銭に転ぶ日本人も増えてきている。両者の接点は、とくに新宿・歌舞伎町などの歓楽街に無数にあるといわれています。

パチンコ屋、風俗営業店、飲食店などがとくに頻繁に利用されているようです。ピッキングやカード偽造のための情報提供、裏ロムやハーネスの仕掛け人、打ち子、ホームレスの戸籍提供者等々、その範囲は広く、外国人だけを悪者扱いにして済む段階はとうに過ぎてしまっていると覚悟すべきでしょう。

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